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2023/11/07

柔らかい雨

 「……しまった、傘を忘れてきたな」

 しとしとと降り注ぐ弱い雨。霧雨と言うには強く、しかし本降りよりは弱い驟雨。雲を覆う厚い雲の向こうには太陽があるのがわかる程度の明るさがある。
 少し待てば止むかもしれない。そんな希望を持たせる雨だったが、雨というだけで俺の心は希望を見失う。
 雨の日に、姉を亡くした。
 強い地雨の日だった。
 あれから時も経ち、姉を殺したと憎んでいた友人への誤解も解けた。だが憎しみが混じらなくとも、雨は今も止まない。姉はもういないのだ。
 この世界に希望がないとは言わない。喜びや楽しさを拒絶するのはもうやめた。それでも、雨を見ると、姉が死んだ日を思い出す。希望がなくなった日を。
 暗い気持ちで空を見る。幸い強くない雨だ、急いで駅まで駆け抜けることもできるだろう。
 一歩、足を前に踏み出そうとしてみる。
 そしてすぐに爪先が雨に濡れるのを見て引っ込めてしまった。
 雨に拒絶されている気分だ。いや、拒絶しているのは俺なのか。
 気分が思い。雨に濡れたら今度はなにを失うだろうか。

「あれ、今帰り?」
「あ……」

 玄関口で立ち尽くしていると声がかかる。振り返れば、清潔な印象を受けるパンツスーツの女――かつて憎んでいた友人が立っていた。
 彼女は姉が亡くなる前と変わらぬ微笑みを浮かべて俺に話しかける。

「私もなの、せっかくだし一緒に……あ、あれ? 傘がない!」

 ごそごそと鞄を漁って、表情を焦りに変える。片手で漁っても埒が明かないと判断したのか、鞄を大きく開け中身をよく見る。それでもなかったのか、諦めて鞄を閉じ直した。

「なんだ、お前もか」
「お前も……ってことは、あなたも?」
「ああ。傘を忘れて……どうするか考えていたんだ」

 雨の中に入ることに抵抗を覚えていたことは言わない。俺の疵をむやみに開示すれば、彼女は一緒に抱えようとすることをわかっていた。
 彼女は困っちゃったね、と笑ってから空を指さす。

「でもほら、すぐに止みそうだよ。よかったら一緒にお茶でもどう? 前にもらって、まだ食べてないお菓子があるの」
「いいのか? お前の食べる分が減るぞ」
「人を食いしん坊みたいに……一緒に食べたいの!」

 一生懸命俺を誘うのがおかしくて少し笑う。
 それから彼女が指さしていた空を見た。
 さっきまでは強く俺の目を曇らせていた雨は、今はすぐに止みそうな柔らかな雨に見える。
 きっと、彼女が隣にいてくれるからだ。
 雨に背を向けて、彼女に微笑む。

「そうだな、雨が止むまで付き合おうか」
「よかった、そうしましょう!」
 

2019/06/10

2019.6.10 ジュンブラ星←心→柚

 辞書ほどの厚さの雑誌を、ようやく買って帰り机に置く。ふぅ、と一息ついてから華房心は椅子に座った。買ってきたのは今月号のブライダル雑誌。次号を飾るのは自分だと思うと胸が踊る。
 ウェディング関連の仕事はずっとやってみたかったのだ。ルナが撮影をしていたとき、桃がドレスを着ていたとき、隣で見ていてずっと羨ましかった。自分にもその番が来ないかと、首を長くして待っていたのだ。そんなひとつの夢が叶いそうで、心は今から楽しくてしかたがなかった。
 雑誌を一枚一枚、丁寧にめくる。
 どんな衣装がいいだろう。華房心にふさわしい、かわいい、レースたっぷりのものがいい。薄ピンクで、青と黄色も彩って。繊細なティアラはもちろん欠かせない。
 場所はもちろんかわいいチャペル。どんな演出にしたら一番かわいく見えるのだろう。せっかくのウェディング、仕事でも何一つ妥協なんてしたくない。
 そうやって完成させた舞台で、二人、並び立って。きっと、隣にいるのは――――。
「…………!! やだ、なんであいつの顔が」
 そこまで考えて、浮かんだ顔に頭を振った。
 日本人離れした鮮やかな金の髪、空みたいな青い目。いつものうるさい元気な様子じゃなくて、真剣な眼差しで心を見る、あの男が想像から消えてくれない。せっかくプロデューサーとW花嫁としたかったのに、一度考えてしまうとだめだった。
 ――確かに、王子様みたいだけど。
 世界一かわいい華房心を、迎えに来てくれるなら。
 プロデューサーと二人で花嫁になるのもいいけれど、浚われるのだって夢だった。
 ブライダル雑誌を閉じて、無理やり空想を終わらせる。まだ、だめだ。この話はまだ早い。
 選ぶのは、まだ早い。星夜を王子様になんてまだしてあげない。
 大きく息をはいて心を落ち着ける。おやつにメロンパンでも食べよう。

2019/01/31

2019.1.31 星心

「ファンのみんなからラブレター!?」
「そう! それで、抽選で撮り下ろしサイン入りブロマイドをプレゼントするんだよ!」
 アイチュウたちを集めて朝比奈柚希が発言したのは、次のバレンタインイベントのことだった。バレンタインには毎年多くのチョコレートが贈られてくる。それを手紙に置き換えイベント化してしまおうということだった。
「手紙を送るって言うのはすごく勇気がいることだけど、イベント化して、さらにお礼が返ってくるかもとなると、普段送らない人も送ってくれるかもしれないでしょ?」
「確かに……。普段ファンレターに手紙は返せないから、いいかもしれないね」
「どうせなら全員にお返ししたいけど……悪くないわ」
 アイチュウたちは口々にイベントへの感想を述べる。そのどれもが好意的だ。ファンレター、それはアイチュウたちの活動の糧。それをおおっぴらに募集してしまうのは、けして悪くない案だった。きっかけが掴めないとなかなか書けないファンレターのよい契機になってほしいと企画したものだった。
「そっか……じゃあ俺も書く!」
「いいんじゃない。愛童くんは誰に書くの?」
「そうだな……心だな!」
「ハァ!?」
 そんな中、唐突にそんなことを言い出したのが愛童星夜だった。自分も書くと言い出すのまでは予想していたが、そこで自分の名前が出てくることを想定していなかった華房心は飛び上がる。
「な、な、なんで私なのよ! 椿に出しなさいよ!」
「椿さんには何回も出してるからな! それにラブレターなんだろ? 心に出した方がしっくり来る」
 うん、と一人納得する星夜のことを、心以外の誰も気に止めない。あっさりと解散する周囲に取り残されながら、心はかろうじて叫んだ。
「お、送ってきても返事なんか送らないんだから!」
「おう、そしたら返事は聞きに行くぜ!」
「そうじゃなーい!!」

2018/12/30

2018.12.29 POP'N STAR

 今まで一人で十分だと思っていた。実際私は一人でもやれていた。ファンはたくさんいたし、後輩もできた。仲間なんていらなかったし、一人で立てないなんて弱者の証拠だと思っていた。
 だから、仲間を作ったのは、ただの好奇心だ。ちょっとだけ、楽しそうだったから。私は仲間が必要なほど弱くなんてないけれど、ただそれだけのために友人たちを引き入れた。
 それだけのはずだった。私は弱くなんてないはずだった。
「……心?」
「心ちゃん、どうしたの?」
 初めて、三人になったPOP'N STARを御披露目したあと。
 袖に引っ込んだとたん足が動かなくなって、私の頬を涙がぼろぼろと伝っていった。ルナと桃の心配そうな表情がいたたまれなくて顔を覆ったけど、溢れる涙が止まらない。
「どうしたの? どこか痛い?」
「心、どうしましたか」
「ちがう……ちがうの……」
 しゃくりあげて泣く私を、ルナと桃が懸命に宥めてくれる。背中を擦られ、ハンカチを差し出される私はなんて弱いのだろう。
 だけど暖かくて、そして嬉しかった。
「ルナ、桃……っ。仲間も、いいものね」
 一人じゃないことが、こんなにステージで安心するだなんて思わなかったのだ。
 誰かに頼るのは、自分の弱さをさらけ出すようで恐ろしかった。だけどルナも桃も、私の涙を笑わないでいてくれる。
「そうだね、心ちゃん」
「ええ。隣に誰かがいるのは、いいものでしょう」
 ステージの方で未だ続くPOP'N STARコール。私は、私たちは、きちんと受け入れてもらえている。ルナも桃も、ファンのみんなも、私のことを受け入れてくれる。
「ありがとう……ありがとう……!」
 そんな事実が、ステージを終えてついに実感に追い付いてきて涙が止まらない。悲しい涙ではない。私は一人を恐れてなどいない。
 ただ、仲間がいてくれることの温かさに感動をしてしまったのだった。

2018/12/24

2018.12.24 星心

「星夜!」
 帰り際、少女の声に呼ばれて足を止める。振り返れば、少女にしか見えない――実際には少年の――華房心がいた。彼女は周囲を注意深く見回したあと、星夜の元へと駆け寄ってくる。
「おう、どうした?」
「今日誕生日でしょ。これ、プレゼント」
 そっけなく渡されたのは小さな小包。開けていいか確認して、丁寧に包装を解くと中には品のいいネックレスが収まっていた。
 リングが二つ組合わさった、シルバーネックレス。ぱっと喜んだ後、すぐに既視感に襲われる。これを今日、どこかで見たような。
 星夜の反応を待つ心を見下ろして考える。そうだ、確かこれは。
「もしかして、これって心とお揃いか!? 嬉しいぜ!」
 昼間に心がつけていたネックレスにそっくりなのだ。彼女のものはハート型だったが、リングが二つという印象的な形だったからよく覚えていた。
「ち、違うわ! 違わないけど、違うわよ!」
「どういうことだ?」
「わ、私がペアネックレスの片方が欲しかっただけ! あなたにあげたのはついでよ!」
 わたわたと否定する心に星夜は首を捻る。心が片方欲しかっただけとはいえ、そのもう一方を渡す相手に選んでくれたことが嬉しい。なにより、どちらにせよお揃いなことには変わらなかった。
「そんなのどうでもいい! 心、ありがとな!」
「きゃっ。……今日だけよ。おめでとう」
 ぎゅうとハグをすると、今日は逃げないでいてくれた。星夜にはそれだけでも十分なプレゼントだった。


2018/12/23

2018.12.23 星心

 男性向けのアクセサリー陳列棚を眺めて、華房心は唸る。
 明日は愛童星夜の誕生日だった。たまにはなにか買ってあげてもいいだろうと思いつつ、クリスマスにそんなことをするのはなんだか気恥ずかしくて悩んでいたのだった。
 ――星夜になにか買うのなんてしないから、なに買っていいかわからないわ。
 星夜を買い物に付き合わせることはしても、彼の買い物に付き合ったことはない。そのせいで好みも判断がつかなかった。なんでも素直に喜びそうなのがなおさら困りものだった。
「ふぅ。男性物なんてあまり見ないし、どう選んだらいいかわからないわ。……あら」
 そろそろ違う店を探そうか、と顔を移した先で別のアクセサリーを見つける。近付いてみると、ペア用のアクセサリー棚のようだった。
 その中で特に目をひいたのが、男女ペア用のシルバーネックレス。リングが二つ組合わさった、品のいいものだ。女用のものはリングがハートになっていて、心の好みにぴったりだった。
「いいな……いやいや、なんであいつとペアネックレスなんか……!」
 ぶんぶんとかぶりを振って、考えを振り切る。しかし一度惚れてしまったネックレスに、目が離れてくれない。
 ――別にこのペアネックレスに深い意味なんてないわ。
 ――ただ私が欲しいだけ。そうよ、星夜にあげるのはついでよ!
「すみません、これください!」
 結局、あれこれと理由をつけて購入を決める。渡せなかったら二つとも使えばいいのだ。そう自分を誤魔化して。

2018/12/21

2018.12.21 華房心+麗朔空

 今度の新曲の歌詞を見る。甘い夢に招く水先案内人の歌。衣装もそれに合わせて、とびきり甘く、かわいく、そしてグロテスクなメルヘン調だ。華房心はそれらを気に入ってはいたが――ちら、と向かいに座る男を見る。
 心より十は上の大人。色香を漂わせながら、どこか無邪気すぎる幼さを窺わせるような甘いマスク。その美貌はにこやかに心を見つめていた。
「……嬉しそうね」
「そりゃあもう! だって華房さんと歌えるんだよ? 嬉しいに決まってるじゃん」
 初めて会った時から、ファンであると言い続けていた麗朔空は話が来てからこの調子である。好かれていることはいいのだが、彼の好意は素直に喜べないとこが多くあり、調子を大いに狂わせた。
「まさかあなたと歌う日が来るなんて思わなかったわ。歌詞もあなたにぴったり」
 麗のプロデューサーへ向ける執着心と歌詞を重ね合わせる。大好きなものを、素敵なものばかりの世界に閉じ込めて、満たされたその心を喰らおうとする。
 そんな評価を聞いた彼は嬉しそうに笑うと、だよねーと気軽に同意して、こんなことを言ってきた。
「でもこの歌は華房さんがいないと成り立たないよ。僕はこんな甘ったるい毒は持ってない。僕が主人公を出迎える案内人なら、華房さんは主人公を閉じ込めるための毒なんだ」
 この歌は、麗と心のために書き下ろされた曲。麗の狂気的な愛を、心の愛らしさで包んで悪化させた、理想郷の歌。それに心は異論なかった。二人でなければ歌えなかった歌だ。これを心は気に入っていた。
 だからこそ、心は釘を刺す。
「それは違うわ、だって心は毒なんて持ってないもの。心に毒なんてものはいらないの。心のかわいさで惹き付けるのに、毒なんて必要ない。この歌のかわいさが毒だと言うなら、それはあなたのせいよ」
 華房心に毒はいらない。純度の高い゛かわいい゛を突き詰めた存在こそが心だ。毒などなくても、心は人を惹き付けることができる。この魅力を、毒と形容されるのは納得いかなかった。
 しかし。
「でも、この歌に甘ったるい、蕩けるようなかわいさの毒が必要だと言うなら。私は酔わせる存在になってあげるわ」
 一時期でも校長にアイドルと認めさせた実力と、人気投票で心を二度抜いてみせた存在感。心は麗のそんなところは認めている。
 彼がそういう世界観を心に求めているのなら、この曲の間だけは魅せ方を変えることはやぶさかではなかった。
 心の言葉を聞いた麗朔空は、頬を上気させ酔ったように答えた。
「ああ……いい! やっぱり華房心は最高だよ……!」
「当然よ、だって私は心ちゃんだもの。麗朔空、最高の曲を作りましょう」
「もちろん! よろしくね、華房さん」


2018/12/14

2018.12.14 わたし×柚希

 わたしの友達はとてもかわいい。かわいいというより美人系だけど、とにかくかわいい。しっかり者で、気配り屋で、そして誰とも平等に接することができる彼女の友達でいられることはわたしの誇りだ。
 そんな彼女――朝比奈柚希は、気が付いたらアイドルになっていた。とても楽しそうな彼女は素敵だったけど、わたしと遊べる機会はがくっと減った。それは不満だったけど、それでもわたしはなにも言わなかった。
 そんな学生生活を過ごし、わたしたちは大人になった。普通にOLになったわたしと、アイドルからプロデューサーに転向した柚希との予定はなかなか合わなかったけど、たまにバーに寄ったりするのが楽しみだった。
 本当はもっとたくさん遊びたかったけど、わたしは今までそれで我慢していたのだ。
 それなのに。
「それでね、一誠くんたちが……」
 柚希の口から、かつてのクラスメイトの名前ばかり出てくる。
 柚希とあの不良連中が何故か仲いいのは知っていた。誰とも平等な彼女なので仕方ないと思ってた。
 だけど、わたしを差し置いてわたしより近い場所にいるのはどういうことだろう。腹が立った。柚希を追うようにアイドルになったのは知ってたけど、でもやっぱり柚希が嬉々としてあいつらの話をし続けているのはちょっと許せない。
 わたしは、ずっと遊べなくても我慢し続けていたのに、なんであいつらの方が優先されないといけないのか。
「…………わたしもアイドル目指そうかな……」
 そんなムカつきが、思ってなかった形で口に出た。びっくりしたが、でも柚希にそんなに一生懸命に想ってもらえるなんてアイドルたちが羨ましかった。
 とはいえ、わたしは凡人。アイドルなんか出来るわけがない。忘れて、と慌てて否定しようとした。
 しかし、柚希は驚くほど表情を煌めかせる。
「ほんと!? いいと思う! うちには女の子が少ないから狙い目だし、あなたなら…………」
「す、ストップストップ! やらない、やらないよ!?」
「え、やらないの?」
「やらないよ、冗談だって!」
 思いの外本気でプロデュース案を語られ出してぎょっとする。顔もよくなければ歌も踊りもできない女にどうしてアイドルが勤まると思うのか。
 柚希は残念そうに酒を口に運ぶ。
「せっかくもっと一緒にいられると思ったのにな」
 色々してあげられると思ったのに。と柚希は溢す。
 それを聞けただけで、わたしのさっきまでの苛立ちが溶けて消えてしまった。
 ――ああ、柚希も寂しいと思ってたんだ、よかった。
「そう思うならもう少しわたしとも遊んでよね~?」
「ごめんなさい、いつもスケジュール合わせてもらって」
「いいよ別に」
 わたしは、好きなことをしてか輝いている朝比奈柚希が好きだ。だから仕事より優先してほしいなんて言わない。
 彼女と友達で居続けられることが、わたしの誇りなことは昔から変わってなどいないのだ。



2018/12/01

2018.11.28 ルナ心

 華房心を知ったのは、小学校に上がる前の話だ。近所に住んでいた彼女と、たまたま出会って、名前を知っていた程度の間柄。
 彼女は幼い頃から可愛らしかった。ふわふわと揺らす髪はわたがしのように甘く、大きく世界を映す瞳は金平糖のように輝き、柔らかな肌はマシュマロのようだった。華房心が男であると知った時が、私の初めての初恋の自覚の瞬間だっただろう。
 そんな砂糖菓子のような甘い愛らしさを振り撒く男である彼女は、それはそれは異質だった。男子は自分と同じ性であることを認めなかったし、女子は自分たちの領域に彼女が踏み込むことを拒んだ。その結果、彼女は陰湿ないじめに遭うこととなる。
 私がそれらの行為を止めることは容易だっただろう。裏まで監視の目を通らせ、彼女に仇なす者を排除することは、とても容易なことだった。しかし、私はそんなことはしなかった。
 孤高に咲く華が美しかったから。
 その美しさを知っているのは自分だけで十分だったから。
 しかし、彼女は私と桃助に出会い、アイチュウとなり、そして愛童星夜と巡り会った。
 これは私にとって大きな誤算だった。孤高の彼女を囲い、最も近くにいるのは自分のはずだったからだ。彼女に友達ができることも、彼女が他人を受け入れることも、予定していなかった。
 だがーー面白い。
 私は生来、追うのが好きな性分だ。狩りをするように、周到に近付き、確実に仕留めることが好きだ。そう、まだ私は彼女に罠を仕掛けている最中なのだ。
 華を手にするのは、私なのだ。
 そう決めている。決まっている。ならば、多少の邪魔は、ゲームの良い障害物にすぎない。
「覚悟しなさい、心」