部屋に溢れた段ボール。家具はすっかり消え失せた中で、代わりに段ボールがそびえ立っている。残りはあと本棚だけ。私はその前に静かに正座をしていた。
転勤の辞令が下り、長く住んでいた実家を出ることになった。それにあまり感慨はなく、面倒だとは思えど嫌だと思うことはなかった。……それを言ったら親は悲しむかもしれないが。
ただ、ひとつだけ名残惜しいものがある。本棚にぎっしりと詰まった、長年買い集めてきた本たちだった。骨のある小説、気軽に読めるライトノベル、趣味で読んでいた専門書、それから漫画。種類はバラバラだけれど、どれもが私を作ってきたもの。
引っ越し先は四畳半しかない部屋よりは広くても、これからも増えていく本を全部持っていけるだけの広さはない。だから、この中からいくつかだけを選ぶ必要があった。
本棚の前に正座をして、一つ手を合わせる。神様を拝むようにしてから、そっと一冊ずつ抜き出して段ボールに詰める。
残していかないといけない本たちにごめんなさい、ごめんなさいと何度も心の内で謝りながら、私を形作るのに必要な最低限だけを選び抜いた。
今度から、ここから別の私が作られていくんだ。そんな不思議な気持ちで詰め込んだ本を見る。
向こうではどんな本棚になるだろう。それは少しだけ、面白そうかなと未来を想った。
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2019/04/21
2019.4.21
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