駅前から徒歩十分程度歩いたところで旅館に辿り着く。旅館というには綺麗なコンクリートの建物の自動ドアを潜ると、外観とは変わって和風な作りの内装が俺たちを出迎えた。
「おお、雰囲気あるな」
「いいね、部屋も綺麗そう」
口々に感想を言いながら部屋を言い渡されて向かう。三階にある四人部屋。依然先頭を歩く溝口泰斗が部屋の鍵を開ければ、すぐに畳張りの広い一室が目に入る。
思わず感嘆の声を上げた先は更に奥。大きな窓の向こうに広がる、雄大な海に対してだった。太陽にキラキラと輝く海はまるで宝石のようで、さらに人気がないのが余計に絵画のような印象を受けさせた。
「うわー、いいなぁ、海!」
「本当だ。もう少し後だったら泳げたかもな」
「やっぱりまだ寒いもんなぁ」
5月ともなれば十分に暑いが、水温はまだ入るには低い。我慢すれば入れるだろうが、そこまでもう元気ではなかった。
各々荷物を置いてから、また名残惜しいと窓を見る。そうすると、隣にいた橘透也が必然的に目に入って。
――海と透也。改めて絵画みたいな構図だなぁ。
なんて、彼の茶髪が太陽に透けるのにみとれて――ぶんぶんと首を振った。いい加減、透也をはっきりと男だと理解する必要がありそうだった。
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2019/03/26
2019.3.25
2019/03/24
2019.3.24
五月になり、すっかり夏の陽気な日々の中ゴールデンウィークを迎える。旅行にはもってこいの青空の下、集合場所へと降り立った。
有名な場所なだけあって綺麗に整った駅と、反面どこか寂れた雰囲気のある商店街が伸びている駅前。待ち合わせ場所はと探せば、よく目立つ橘透也を目印に、すでに三人が集まり終わっていた。
「悪い、俺が最後か」
「おっす。お前家遠いもんな」
「早くには出たんだけどなあ」
「間に合ったんだからいいよ。行こうぜ」
発起人、溝口泰斗を先頭に歩き出す。目的は商店街を通り抜けた先にある旅館。観光をするにもまず荷物を置こうと言うことだった。
「いやー、楽しみだな温泉」
「……お前やっぱり入るの」
「まだそんなこと言ってんのか」
泰斗の後ろで、こっそり透也と話す。
透也のことは男だと理解はしている。だから多分、その時になれば平然と一緒に温泉くらい入るだろう。とは言っても、抵抗がないわけではない。
しかし透也は呆れたような顔をした後、その女と見紛う美貌で弧を描いて、「スケベ」とからかうように笑うばかり。
そうやってからかうから、俺は平静でいられなくなるんだと言う文句は言いたくても言えなかった。
2019/03/21
2019.3.21
橘透也と別れて、次の授業に移った先で友人と落ち合う。旅行に行こうと言い出した張本人は、俺を見ると気楽に手を挙げた。
「よう、透也から話聞いた?」
「聞いた。旅行行くって?」
「そうそう、近場だけど」
曰く、近くの温泉街に行って一泊二日で遊ぼうと言うことだった。部屋は旅館で四人一部屋。部屋が高いから温泉に浸かりながらだらっと遊ぼうということらしい。
知り合って一ヶ月なのに、と思わなくはないが、だからこそゆっくり話したいんだろうとは思う。それに、こいつはどこか感性がじじくさいところがあった。
「行くのはいいけどさ。透也誘ってよかったのか?」
「ん、なんで?」
「いや、だって、ほら……」
「お前ら仲いいじゃん、片方だけは無理だよ」
ほとんど毎日一緒にいるから、友人たちにもセット扱いされている。だからまとめて誘われるのは納得がいくが。
企画主は透也の美貌になんの意識もしてない様子だ。透也に笑われたことといい、自分の方がおかしいのかと悩んでしまう。
――だからって、透也が美人だから同室は、なんて言えるわけないしなぁ。
それこそ、色んな勘違いをされかねない。別に透也に劣情を抱いたことなんて……ない、ないのだ。
うん、大丈夫。他が気にしてないなら俺も大丈夫。
少し悩みは残りつつ、始まった授業に耳を向けた。
2019/03/20
2019.3.20
「そういえばお前聞いた?」
「何が?」
「ゴールデンウィークの話」
大学に入ってから、橘透也と知り合ってから、早一ヶ月が経とうとしている。あっという間にやってきたゴールデンウィークについて、目の前の女と見紛う美貌の男は気軽に言う。
「みんなで旅行行こうぜって」
「いや駄目だろ!! そんなの絶対だめ!!」
「は、なんで?」
「少なくともお前が一緒に旅行行くのは駄目だろ!!」
橘透也という男は非常に美人だ。ぱっと見ただけでは男だと気付きにくい女顔な上に、さらさらとした茶髪は肩まで伸びていて女性性を濃くさせている。加えて、背こそ男としては並みだが華奢で未成熟な少女を思わせる体つきをしている。
そんな男が他の男と旅行なんかしてみたらなにが起こるかわからない。だからやめておけと、俺は必死に止めた。
しかし透也は反省するどころか爆笑し、ゲラゲラ笑ってからこう宣告した。
「ふ、はは……ひぃ~」
「なんだよ!」
「あのなぁ、俺をそんな女扱いするのお前だけだぞ?」
誰も、透也のことを女と見間違えたことはないし、透也を女性のように扱うそぶりすら見せない。そんなことをするのは俺だけだから、大丈夫。そう透也は笑う。
嘘だろ、こんなにかわいいのに?
「それとも何、俺お前に気を付けた方がいい?」
橘透也は蠱惑的に笑う。その笑顔はいつだって俺の目を奪ってきて。周囲との齟齬を突きつけられても納得ができないまま、絞り出すように「行くよ……」と了承した。
2019/03/04
2019.3.4
『悪い、ちょっと遅れる』
橘透也からそうメッセージが来たのは、今から十分ほど前のこと。どのくらい待つのかわからないから、喫茶店に行くことはできない。どう暇を潰そうかと考えていたところで、駅前の本屋が目に入った。初めて入った本屋を軽く見回して、雑誌コーナーを見つけるとさっさとそちらに歩いていく。
コンビニと違って、本屋となると種類も豊富だ。大量のファッション誌、目が惹かれるバイクや車、果ては誰が読むのかわからないニッチすぎるテーマまで様々。
その中から適当に気に入った表紙のグラビア雑誌を手に取った。谷間を見せつけるように前屈みになったかわいいグラドルは、どんなにあざとくても好きだと思ってしまうんだから単純だ。パラパラと適当に眺めていると、やがて一人のグラドルに目が止まる。
柔らかな色の長髪は日差しでオレンジ色に輝き、涼しげな猫目はどこかいたずらっ子の様子で細められている。形のいい唇は弧を描き、挑発するようなポーズに簡単に魅了された。
――これは、まるで。
「おい!」
「うわっ!」
「携帯ちゃんと見ろよな、探したぞ!」
ばん、と慌てて雑誌を閉じて声の主を見ると、涼しげな猫目の美人――橘透也がそこにいた。
遅れてきたというのにふてぶてしく文句を言ってくるその男に、鼓動が鳴り止まない。
――この顔に弱いのかなあ。
よく似た雰囲気のグラドルと透也。それでもより掴まれてしまうのは、透也なことに危機感はあった。
2019/01/22
2019.1.21
「お前らって付き合ってんの?」
「はぁ?」
たまたま透也との共通の友人たちとばったり会ったので食堂でご飯を食べていると、脈絡なくそんなことを言われる。俺も透也も箸を止めて呆けてしまう。友人たちはにやにやと意地の悪そうな顔で俺たちを見ていた。
「だっていつ見ても一緒にいるしさ」
「馬鹿言え、こいつは男だぞ」
「いちゃついてる時あるし」
「ねーよ! いつだよ!」
「うはははは、ねーよきっも!」
思考が追い付いてきて、なんとか否定する俺と爆笑する透也。そこまで全力で笑われると少し傷付かないでもない。
女性と見紛う美貌の透也と四六時中一緒にいたら、さすがにそう思われるのも仕方ない。だがどこまでも男なのだ、橘透也は。
「大体そんな勘違いされるのもお前がからかってくるからだろ」
「だって童貞丸出しで面白いんだもんお前」
「うっせ! この年ならそこまでおかしかねーだろ!」
「俺彼女いたもん」
「はー!?」
俺を嘲笑ってくる透也は自慢気に話す。高校時代には何人かいたらしい。この見た目でか、と訝しむ俺に透也は呆れたように見てくる。
「あのなぁ、高校まではちゃんと髪短かったんだぞ。見ろよ!」
ぐいと見せてきたスマホには、女生徒と髪の短い透也が写っていた。昔の彼女との写真らしい。
かっこつけたような表情がなんだかおかしくて笑いそうになったが、それよりも大きな猫目に吸い寄せられるように見入ってしまう。
それこそ、女生徒の方になど目が行かないほど。
「……お前の方がかわいい」
ぽろりと溢した瞬間、ガツンと強く殴られる。なにやら焦った様子で、叫ぶ。
「そう言うこと言うから誤解されるんだろバカ!」
その顔がやっぱりかわいいとしか思えなかったのは、ひとまず飲み込んだ。
2019/01/13
2019.1.13
橘透也とは大半の授業が被っているから、一日のほとんどを一緒にいる。とはいえ違う授業を取っている時間もあるからずっとべったりというわけではない。だから、何時間か置いてから会うこともあるわけで。
そうして数時間振りに会った彼の変化に気付くのは難しくなかった。
「……煙草吸ったろ、お前」
「あれ、わかった?」
煙草特有の甘い香りが、普段の透也の匂いを殺している。その女性と見紛う美貌と煙草の匂いは酷く不釣り合いで、合流してすぐに気付いた。
けして、俺は嫌煙家ではない。吸う機会があればいつか吸うこともあるだろう。しかし。
「お前未成年だろーが! なんで吸ってんだ!」
「あれ、お前そういうとこ真面目なタイプ?」
「未成年が酒と煙草買うことでどれだけ店員が迷惑被るかわかってんのか! あ゛!?」
居酒屋でバイトしている身としてはそこを見逃すわけにはいかなかった。こういうやつのせいでこっちがとやかく言われるのだ。
怒鳴る俺に透也はいくらか申し訳なさそうにして、弁明を始める。
「先輩に連れ込まれて断れなかったんだよ……」
曰く、高校時代に受験でお世話になった人らしい。たまたま喫煙所近くで出会ってそのまま、ということらしかった。その危機管理のなさや、煙草を強要する人間と知り合いなことは心配になったが、自分から吸ったわけではなさそうで安心する。
「そうか。……うまかった?」
「体が悪くなる味がする。まだ残ってるぞ」
舐めてみるか、と顔を寄せてくるのにぎょっとして体を引けばケラケラ笑って教室に入っていった。もしも俺がそれに乗ったら、あいつは煙草の時のように流されてしまうんだろうか。
2019/01/11
2019.1.11
大学に入ると時々こんなに色んな人間がいるのかと、驚くことがある。高校生までの校則で縛られている中ではまず見ない服装の数々。浮かれているだけの奴もいるんだろうが、今までそういう服装が出来なかったのを謳歌できるという意味では人生の夏休みと揶揄されるのも悪くないだろうと思う。
そう、大学に入ると色んな人間を見る。それこそ髪の長い男が思いの外世の中には多いことに驚いたりもする。バンドをやり始めた友人であるとか、あるいは――女性と見紛うほどの美貌を持つ、隣の橘透也のように。
「お前ってさぁ、なんか髪の手入れとかしてんの?」
「ん? してないけど」
食堂で昼飯を食べながら聞いてみる。今まで見た長髪の男たちはどれもこれもちりちりとしていて、透也のような艶のある綺麗な髪など見たことがなかった。何かしているのかと思えば、透也はけろりと答える。
考えてみれば当然なのだ。勉強にかまけて美容院すら行かなかった人間が手入れなんてしているはずもない。
「なんで?」
「いや、だってすごい綺麗だからさぁ」
する、と透也の長い髪を一束取ってみる。つやつやと手滑りのいい茶髪は溶かしたキャラメルのように甘そうだった。髪質と言ってしまえばそれまでだろうが――と手からこぼれ落ちていく髪が終わる前に、ガタリ大きな音を立てて透也が立ち上がる。
「うっせ、触んなばーか! 気色悪いぞ!」 動揺した様子で罵倒すると、忙しなく食器を片付けに行ってしまう。一人残された俺は、髪を触っていた手を空中で固めてしまう。
――しまった。
照れたように焦った、透也の顔が浮かんだまま消えない。今までのからかってくるような少女性とはまったく違う、今の表情が。
――かわいかった…………!
自分のしたことと、透也の焦った様子が合わさって、思わずそんなことを考えてしまい頭を抱える。
橘透也が男であることにようやく慣れてきたと思ったのに、うっかりそう思ってしまってしばらく悶えていた。後でなんと弁明しようか考えられるようになるには時間がかかった。
2018/12/19
2018.12.18
大学生活が始まって一週間。まだ浮かれモードはあるものの、学生時代の長い俺たちは早々に大学生というものに馴染んでいた。
高校時代の友人とつるんだり、SNSで知り合ったやつらと遊んだり離れたり、偶然知り合った人間となんとなく友達になってしまったり……とりあえず、友人には事欠かずに済んでいる。
その友人たちの中には当然、たまたま知り合った美貌の女性――ではなく、男である橘透也も含まれていた。何故か気が合うらしい俺たちは、多くの授業が被っていたために自然と一緒にいるようになっていた。
「そういえばさ、お前サークル入るの?」
「んー……入んないと思う。バイトもあるし」
入学から一週間経った今はサークルの勧誘シーズンで、三歩歩く毎に先輩に捕まる始末。それが目立つ美貌の透也ともなれば、さぞかし凄いんだろうなと思った。今朝などあまりに疲れていてびっくりしたほどだから。
「嬉しいだろ」
「はぁ?」
「俺がサークル入んなくて」
脈絡なくそう言うと、彼はにっと笑う。その美貌に思わずたじろぐと、さらに可笑しそうに笑う。
一週間一緒にいて、彼が男であることは理解できた。だけど、この美女とも見紛う美貌に一向に慣れないでいる俺は、すっかりこいつに遊ばれっぱなしだった。
「俺のこと積極的に独り占めできるもんな~」
「からかうな、馬鹿」
2018/12/11
2018.12.11
「ふはははは! 俺が女って目バグってんじゃないの!?」
「鏡見ろよお前……」
授業が終わったあと、二人とも空き時間だったために食堂でお茶をすることになった。
目の前の美少女――もとい、美貌の男である橘透也は、女だと思ったと聞くやいなや豪快に笑いだす。彼を見れば見るほど男であると理解は進むのだが、その分見た目との解離も激しすぎて着いていけないのが本音だった。男勝りな女だと言われたら、今でも信じるだろう。だが彼の平たい胸板はどうみても骨っぽく、黙っていれば色気のある美貌は、残念ながら友人たちと同じようないたずらっ子の顔をしていた。
「髪が長いだけだろ」
「嘘つけ、くっそ女顔のくせに」
「そうかぁ? 短かった頃はそんなこと言われなかったけどなぁ」
短かった頃、と言う口振りに昔から長かったわけではないのかと勝手に驚く。これだけの美人ならば髪が短くてもさぞかっこよかったんだろうなぁと思ってしまう。
美人はどんな髪型でも綺麗なのか、神様は不公平なものだった。
「なんで伸ばしてんの? バンドとか?」
「いや。切るの面倒くさいなって思ってたら伸びてた」
「そんなになるまで放置するか普通?」
「いやさぁ、受験勉強めっちゃやってたんだよ俺。時間惜しみすぎてこうなってた」
けらけらと笑う透也は、「これだけ長くなると逆に落ち着くんだ」と言う。中途半端に伸びるよりは伸びきった方が楽なのかもしれない。伸ばしたことがないから知らないが。
くるくると綺麗な茶髪を弄んでいる彼を見て、ああピアスが空いてるなどと考えていると「まぁしばらくはこのままでいいかな」などと彼が呟いた。そして俺をまっすぐ見つめて、見せ付けるようにしゃらりと髪を広げる。
「お前が気に入ってるみたいだし?」
に、と蠱惑的な笑顔に固まる。見蕩れたと言った方が正しいかもしれない。思わずどきりとしてしまったのを見透かしたような透也の笑顔に、彼の美貌から解放されるにはまだまだ時間がいると思い知らされた。
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2018/12/10
2018.12.10
「失礼します」
大学に入って初めての授業。緊張しながらも退屈に開始を待っていると、隣に誰かが座ってくる。
せっかくだし友達作るか、とそちらを見て絶句した。
さら、と長い髪を揺らして座った彼女。その横顔は鼻筋が綺麗に通っていて、形のいい唇に見蕩れる。伏し目がちに教科書を用意している様はまるで絵画のようだった。化粧っ気はないけれど、綺麗な肌や涼しげな目元が彼女を美人であると語っている。背丈は高そうだが非常に華奢だ。欲を言えばもう少し肉付きが欲しかったが、ある種の未成熟な少女性を感じてどきりとする。
これは、大学入ってそうそう彼女ができるチャンスでは。ごくりと唾を飲んで、どう声をかけようか考えた。
その時。ぱっと彼女が顔を上げた。
「こんにちは! 今日はよろしく、名前なんて言うの?」
溌剌と声をかけてくる、彼女。
その声はまるで男のような落ち着きのあるテノール。いやまて、単に声が低めなだけかもしれない。
そんな希望にすがって名前を告げる。その返事に、俺の願望は無惨にも打ち壊された。
「そっか。俺は橘透也、よろしく」
男だ。間違いない。こんなに美人なのに、疑いようもないほど男だ!
そんなことってあるのか!? そんな動揺を押し殺して、俺はなんとかよろしくという言葉を絞り出した。
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