僕には夢の中に恋人がいる。
イブと名乗る彼女は姿が見えないけれど、確かに存在するんだ。まるで何年も何年も昔から一緒にいるような安心感は、家族とさえ分かち合えないものだった。
花が咲き乱れ、甘い空気が漂う、澄みきった空の美しいその場所で、僕は彼女と夜を過ごす。優しい彼女は僕の話をたくさん聞いてくれるんだ。だけど、彼女が自分の話をしたことはない。
彼女が自分から話すことはいつもひとつ。
「りんごは食べてはだめよ。絶対に」
夢の終わりに、いつもそんなことを言う。理由はわからない。ただ、その夢の中には一本のりんごの木が生えていたから、それだけには触らないでいた。
どうして、と聞いたとき、こんなことを言われたことがある。
「あなたは人を狂わせてしまうから」
僕はそんなことをしたことがない。不可解なものだった。けれど彼女の声音は心から真剣で、そんなこともあるかもしれないと考えてしまう。
そんな風に夢の中の恋人と過ごして16歳になったある日のことだ。
僕には現実世界で恋人ができた。
彼女に報告をしてもなにも言われなかったし、僕は彼女のことも好きだったから別れることもしなかった。
ただ、彼女がこんなことを言っていたのは聞いた。
「蛇が現れないといいけれど」
万年筆で書いたSSを纏めています。 Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. (当サイトのテキスト・画像の無断転載・複製を固く禁じます。)
2019/01/30
2019.1.29
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿