玉梓との戦いが終わり、数ヶ月。今は里見の様子が落ち着き次第、信乃を初めとして順に八犬士たちの婚礼をしていくための準備期間だった。
それはもちろん、犬坂毛野も例外ではない。里見の家を守るため、里見の姫と契りを結ぶ。当然であり合理的な話だった。あまり異性に興味がなく、犬士の中でも若い毛野にはあまり実感はなかったが。
里見の城には今婚礼用具が揃っている。八の姫それぞれのための着物や嫁入り道具があちこちの部屋に置いてあった。華やかな着物をぼんやりと見る。
――旦開野をしていた頃でもこれほどまで豪奢なものは着なかったな。
「おお、毛野さん。こんなところに」
「……小文吾。どうした」
「いや、たまたま通りがかっただけでさ。……着物がどうかされましたか」
「別に……」
否定をしかけて、止める。通りがかった大男をじっと見上げた後、毛野は無感情に問いかけた。
「小文吾。初めて出会ったときのことを覚えているか」
「うん? もちろん。あんたはとても綺麗だった」
「俺を嫁にしてくれると言ったことは?」
「え!?」
動揺する小文吾が面白くて、つい「私以外を娶るのね」とからかうと、彼はさらに狼狽する。
別に彼に惚れていたわけではない。あれはただ、彼が信用できるか試したために言ったにすぎない。
それなのに不思議と、忘れられないままでいるが。
「冗談だよ。小文吾」
「け、毛野さ――――っ!?」
ぐ、と胸ぐらを掴んで唇を奪う。
別に惚れていたわけではない。しかしなんとなく、ただで彼を女に渡すのは少しだけ癪な気はした。
それだけだ。
「用を思い出した。じゃあな」
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2018/12/01
2018.11.15 小毛
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