ホワイトデーなる一日。バレンタインのお返しの日としてお菓子業界に仕立てられたこの日は、バレンタインほど盛り上がっている感じはない。世の中では三倍返しを期待する女性もいるらしいが、残念なことに一ヶ月も経つとあげたことも忘れてしまう脳みそをしているので特に気にしたことがなかった。
だから、そう。後輩に食事を誘われたときも、なに飲もうかなとしか考えていなかったのだ。
「え、大丈夫? 私今日すごい普通のスーツだけど」
「大丈夫ですよ、カジュアルな店なんで」
てっきり飲み屋だと思って油断していた。思いの外お洒落な店に連れてこられて、これならもっと化粧直すの頑張ったのに、なんて後悔する。
ホワイトデーだからとやたら張り切ってくれている後輩は、モテるだけあってスマートに先を歩く。それなのに一緒にいるのがこんな冴えない年上女なんだから、彼ももう少しいい人探せばいいのになぁ、なんて要らぬ世話を焼きたくなる。
「ごめんねー、せんべいのお礼にこんないいところ連れてきてもらって……」
「いえ、前から先輩と来たかったんです」
お世辞の上手い後輩だ。けどまぁ、好意には甘えるべきなので、ありがたく食事をさせてもらう。そういえば、年もとってきたからこうやって誰かに奢られるなんて久々だ。
そうやって、遠慮なくお洒落な料理を満喫して、普段飲まないワインを楽しんでそこそこが経った頃だ。
「……先輩、聞いて欲しい話があるんです」
「ん、なぁに? 相談?」
「好きです」
ぐ、とワインを吹きそうになって飲み込んだ。後輩の表情は至極真面目である。
――ああ、ホワイトデーってこういう日だったっけ?
久しく恋愛から遠ざかっていた我が身に降りかかってきたものを、理解するにはとても時間がかかった。
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