その日、門真徳明は暗鬱な気分だった。着せられたような袴姿で成人式に行くのは別にいい。幼稚園の頃から私立に通っていた徳明には住んでる地域に知り合いなどいないからだ。式ではじっとしていればすぐに終わる。
問題はその後。親戚回りがただただ憂鬱だった。研究者を目指す徳明に医者の道を期待する親戚たちは邪魔でしかないのだ。うだうだと小言を聞かされに行きたくない。しかし、そう言えるわけでもないのはわかっていた。
優秀な兄もこの道を通ったのだ。自分が出来ないと言うのは矜持に関わる。
「あ、あ……兄ちゃん。成人おめでとう……」
「ああ、フミ。ありがとう」
「袴、似合ってるよ」
弟の徳文がおどおどと褒めてくれるのが身に沁みる。家族との関わりが薄いこの家で、まともに会話してくれる弟はそれだけでかわいいものだった。
「成人式のあと、親戚回り、するんだよね……?」
「ああ。大丈夫、心配するな。今日は僕の話しかしないさ」
徳文は勉強も運動も苦手で、いつもおどおどと縮こまっていなければすぐに集団に苛められてしまうような子だった。特に、肩書きと成績しか見ないような親戚たちは徳文のことをよく思っていない。そんな弟が傷付かないように矢面に立つのも、今日の徳明の仕事だった。
兄の徳之は今日も仕事でいない。父も母もこの弟を守りはしない。だから、今日は徳明にとって戦の日だ。
門真徳明は陰鬱な気分だった。それでも戦わなければならないと、必死に自分を鼓舞して式へと向かった。
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2019/01/14
2019.1.14
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