シャワーに比べると格段にぬるいお湯に足を入れる。そのぬるさに驚きながら肩まで浸かれば、色んなものから守られるような安心感が私を包む。熱くはないから物足りないけれど、代わりに逆上せる心配なくずっと浸かっていられそうな温度だった。
なにかから逃げたくなって、電車に飛び乗った末にやってきた温泉街。日帰り温泉に溢れたその中から選んだ、旅館のぬるいお風呂が私を癒す。まだ昼間なおかげで人も少なくて、独り占め出来ているところがなおいい。
体温とそう変わらない温度の湯に、体を溶かし込むように浸かる。このまま入浴剤みたいに溶けて消えてみたい。それくらい疲れていたし、逃げてしまいたかった。
残念ながら、人間の体はお湯に溶けるように出来てない。でも、そうやって浸かっているうちに逃げたい気持ちは溶けていく。
いつまでも続く日常に狂いそうになってつい飛び出してきた異世界。そこで温泉に浸かるだけで、私はまた明日日常に戻っていく。それでいいんだろう。有り体に言ってしまえば気分転換だ。ただ最近は、気分転換の言葉さえ浮かばなかったから逃亡してきた。それだけだ。
うん、とのびをして、私は湯を出て戻っていく。色んなものを溶かした温泉を残して。それらを受け入れてくれた温泉に感謝をしつつ、私から溶け出した疲れが誰かに取り込まれませんように。ただ、それだけはきっちりと祈っておいた。
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2019/03/23
2019.3.23
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