母の実家の倉庫には、一足の小さな靴が仕舞ってある。手のひらサイズの、革靴。今もなお、丁寧に磨かれているその革靴は、陽の目を見ることもなく倉庫に仕舞われ続けている。
これはなんなのか、何故あるのか、母に聞いても知らないと言う。母も昔祖母に聞いたが、いずれもはぐらかされてしまったのだそうだ。
ここで革靴を見ていると、いつも祖母に怒られる。祖父も止める。それでも私は、帰ってくる度にこの革靴を見てしまう。
何故なら、革靴が、履いて欲しいと私に語りかけるから。
まるで引力に引かれるように、革靴を手に取るのだ。履きたい。これを履くはずだったのに。今もここにあるのに、どうして履いたらいけないのか。ここにあるのに。私の革靴。私が履くはずだった革靴。足が大きすぎるのは削ればいい。削って、削って、入るようにすれば、これは私のものなんだからそうするのも当然だ。
「なにやってんだ! サヨ子、それはお前のじゃない!!」
「!!」
ぶつり、と思考が途切れる。気付けば私の手にはどこから出したか短刀が握られていて、今に踵を削ぎ落とそうとしているところだった。
「サヨ子、それはお前のじゃない。それはお前のじゃない」
祖母は繰り返しそう唱える。まるでなにかの呪文のように。ゆっくりと思考が戻ってきて、なんとかおばあちゃん、と呼ぶと祖母はほっとした表情をした。
「さ、祐子ちゃん。そんなもの仕舞って、お菓子食べよう」
「おばあちゃん、サヨ子って誰?」
「祐子ちゃんには、関係のないことだよ」
私は翌日お祓いを受けることになった。それから靴への執着心は消え去ったが、同時に私が一人消えてしまった気がした。
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