かたり、と絵画を壁にかける。誕生日に無理を言って買ってもらった複製。ふわりと優しい雰囲気で描かれた一人の女性。白いドレスを身に纏い、小さな日傘を差している。霧がその姿を取っているような、希薄な存在感を閉じ込めたその絵が好きだった。
門真徳文の部屋には物が少ない。その中で不自然に絵画ばかりが壁を占めていた。どれも誕生日に特別に買ってもらった、安い複製だ。
徳文は絵画が好きだった。芸術家の生涯も、芸術の歴史も知らないが、これらがよいものであるという感性だけは高かった。しかし頭の悪い徳文にはそれらがどういいのか言語化できなかったので、徳文が贋作と真作の見分けができるほどの実力を持っていることを誰も知らなかった。だから誰もが、ただ無意味に綺麗なものが好きな役立たずと徳文を見た。
勉強もできない、運動もできない、気も弱く、知恵もない、落ちこぼれ。エリートの家系の家に生まれ落ちてしまった不運なあひるの子は、絵画という別世界が好きだった。絵画の世界に入り込んで、ひとつの絵となってしまいたかったのだ。だが徳文の容姿は十人並でしかなくて、そんな望みさえ実ることはなかった。
「おれも、きみみたいに絵の中に閉じ込めてもらえたらなぁ……」
絵画のように美しければ、モノとなってしまえたら、きっともう頭が悪いことも、運動ができないことも、要領が悪いことも詰られなくていいのに。新入りの絵画に憧憬を乗せて触れる。
すると。
「…………――――えっ」
ずぶり、と手が沈んでいく。声を上げる暇もなく、徳文は望みの通り絵画の中に吸い込まれていった。
しん、と部屋が静かになる。棺のように重く閉じ込められた部屋の中、徳文の姿はどこにも、――絵画の中にさえ、見つからなかった。
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