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2019/03/10

2019.3.10

 文具屋に広がる万年筆の並べられた机の列に近付く。
 中でも目に止まったのは、宝石を押し込めたようなモザイク模様の万年筆。美しいサファイアの持ち手はそれだけで美しいのに、これを使って文字が書けるのだと思うと胸が踊る。
 ただ――そのあと、値段を見て後悔した。
「じゅうまんえん……」
「綺麗だよな、それ」
「でもすごい値段」
「万年筆天井知らないからな。これもすごいよ」
「ひぇぇ」
 佐藤くんの指差す先には、日本画のような絵が入れられた万年筆。金に光る模様は美しいが、値段を見ると十万では済まない数字が書かれている。
 おじいちゃんから貰った一万円の万年筆でも飛び上がるのに、こんな値段の万年筆絶対に使えない。
「店員さんに言うと試し書きもできるよ」
「む、むりむりむり!」
「ははは、怖いよなー触るの」
 気軽に笑う佐藤くんは、流石に慣れているのか動揺がない。
「でもいつか、ここで万年筆買ってみたいんだ。高いのじゃなくていいから」
「……そうなの?」
「かっこいいじゃん。欲しいのがあるんだ、二万くらいの」
 十分高いと思いながら、指差されたものを見る。他の万年筆とは違い、銀に輝くそれは高級感よりはロボット的なかっこよさを感じる。
「……かっこいいね」
「だろ? これを買うのが、今の目標」
 普段使いする佐藤くんにとって、万年筆はそんなにお金をかけられるものではないらしい。それでも一本くらいは立派なものを、とバイトしているという。
 ――年頃だから持っていなさい。
 おじいちゃんの手紙を思い出す。一本くらいは立派なものを。大人になったときに使えるように。
 年不相応のものを貰っているんだと改めて感じる。だからこそ、大切に使っていかないといけなかった。

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